ジャーナリング、やってみた!

つれづれ日記

ジャーナリングって、聞いたことありますか?

わたしはもともと文房具、特にノートが好きで、好みのノートを見つけると買っちゃうんですが、そこからノート術だの、手帳術だのにハマり、一時期ブームだったバレットジャーナルにも手を出してます。

バレットジャーナルとは、日々のタスクや考え、ひらめきなどを箇条書きするというノート術です。

で、題名にもある「ジャーナリング」は、そのバレットジャーナルのやり方をYouTubeで検索していたときに出てきた手法なんですが…。

ジャーナリングとは、自分の今ある思考を善悪の判断はなしにして、ただノートや紙に書き出すことで、感情や考えを整理する方法です。

とはいえ、わたしもちゃんと理解できているかはあやしいので、実際やってみることに。

一番大切なのは、「嘘をつかないこと」

ノートのなかは自分だけの空間で、誰に見せるわけでもないので、「こんなことを書いたらダメだよな」とか「きちんと書かなきゃ」みたいなことは一切考えないで、思いついたこと・そのとき頭に浮かんだことを一定時間書きまくる。

…とYouTubeで言ってましたが、実際、やろうとすると、手が止まる!

手が止まるとき、頭に浮かんだ「いざ、やろうとしたら手が止まるわ~」をノートに書く。で、続けて、「今日、めちゃくちゃ首が痛いんだよね。寝違えたのかな。」とか「あ~、洗濯物たまってるからしないと」とか。

これ、書いて意味ある?みたいなことをしばらく書き続けていくうちに(なんだったら、「これ、意味ある?」も書いたw)、だんだん、「洗濯物、たまってるの見るのストレスだわ」とか「枕が合ってないから首が痛いのかな」とか、すこーしずつ、自分の思考のクセみたいなものが分かってくる。

たとえば、「あ~、わたしは洗濯物がたまってるのを見るのが嫌いなんだな」とか。首が痛くなる原因を見つけたいと思ってるなとか。

ジャーナリングは書き出したあと、振り返ることもセット。

自分のごちゃごちゃになっている感情・思考を、書き出して、俯瞰してみる。

このとき、「こんなこと思っちゃダメだ」とか「なんて自分は嫌な人間なんだろう」というふうにみるのではなく、ただ俯瞰して、「あ~、自分ってそうなんだなぁ」と感じる。

感覚としては、友達の愚痴を聞いている感じw
友達の愚痴を聞いて、すぐに否定したりしないじゃん?

そうして俯瞰して振り返ると、「じゃあ、どうしようかな」と解決策を考えだすのが、ジャーナリングの不思議なところだ。

わたしの場合、洗濯物をたまってるのを見るのが嫌い→たまるまで待って洗濯するのではなく、あらかじめ洗濯する曜日を決めちゃう、という策を試してみようと決めた。それを実践したら、また違う問題があるかもしれないけど、そうやって少しずつ自分のなかにあるモヤモヤを解消していける気がした。

わたしたち人間は、日々いろんなことを考えて、ちょっとしたモヤっととか、プチストレスも、過ぎてしまえば忘れてしまう。そのまま忘れられればいいのかもしれないけど、同じような場面に出くわして、またモヤモヤ・イライラ…。

同じところをグルグルして進めない感じに、窮屈さを感じて、「これでいいのかな」と思っては、また忘れてしまう。

でも、それって自分の気持ちはおざなりってことなんだよね。

ジャーナリングは、自分とのコミュニケーション。家族とだって会話が減れば、何考えてるか分からなくなる。自分も、いや、自分こそ意識してコミュニケーション取らないと、本当の気持ちが分からなくなる存在だ。

というわけで、しばらく、ジャーナリング、続けてみようと思います。

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